#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

エンパワメントってなんだろう?

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いまさ、ほんと毎日のように女性をエンパワメントしようとか、多様性をとか、そういうウェブの記事がどんどん流れてきて、でもそれらのほとんどがわたしにとっては困惑の種でしかないのだ。エンパワメントを銘打った記事のページを開くとき、わたしはとてつもない不安に襲われるし、記事を読んではモヤっとした気持ちを残したままページを閉じるのである。

それはなぜか。

いちいちそれらの記事を取り上げてまとめてたのでは一生かかるし、どこに喧嘩売り散らかすんじゃいってかんじになっちゃうから、ひとつ、「エンパワメント」という名目のもとに作られた企業CMを例にあげて、その彼らの言う「エンパワメント」の危険性みたいなものを書いてみたいと思う。

 

それでは、一旦このCMを見ていただけますか?(ちなみにだけどわたし毛むくじゃらだし、エステサロンから金貰ってCM貼ってるわけじゃないからね)

KIREIMO 100% GIRLS!! 100人篇 60秒 - YouTube

 

これは脱毛エステサロンの企業CMなんだけど、これは「女性のエンパワメント」や「多様性」を意識して作られているように思えるのね。それで、このCMが放映されると、たしか結構「いいね」っていう好意的な声が多かったように思う。たしかに、このCMは消費者を脅さない。「毛が生えていたら男が逃げるぞ」とか「ジョリジョリじゃモテない」という呪いをわたしたちに押し付けてくることはない。この脱毛サロンは「なりたい自分、100%の自分になるための脱毛」を売り込んでいるのだ。(ねえ、気づいたんだけど、わたしすっごい毛深いからさあ、無意識にすごい脱毛サロンのCMに注目してるみたい。上の文言、どこのサロンのCMか名前挙げられるもん。脱毛の予定ないけどさ。)

まあたしかに、消費者をネガティヴな呪いで脅して商品購入をさせようとしない、という意味では過去にたくさん炎上してきた化粧品やなにかのCMからは随分とポジティブなCMに思える。しかも!なんと!エステサロンのCMなのに、「従来の理想とされる体型」ではない、従来のモデル体型からはプラスサイズとされる渡辺直美をメインに据えているのである!これってすごい!

(そもそも太っていることは受け入れられるけど、毛深いのはNGなのか?っていうとこについては、これ脱毛サロンのCMなんでちょっと置いておくね。少なくともこのCMは「毛深いのはNG」という表現は表立ってはしておらず、なりたい自分になるための脱毛という売り文句を使っているから。)

 

....ほんとうにこのCMはすごいんだろうか?

 

1) 多様性とはなにか

たしかに渡辺直美をメインに据えているところで「多様性」を打ち出したい企業側の意識もよく理解できる。しかし、渡辺直美以外の女性たちを見てほしい。

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 どうだろう。渡辺直美以外の「多様性」はここにあるだろうか?多様性を打ち出した映画などの作品において、そこで批判されるのが「多様性の代表的な人物」を「ひとりだけ」登用することで「多様性」を表現することである。この「多様性を体現するたった一人の人間」はしばしば「トークン」と呼ばれる。で、それを踏まえてこのCMを見ると、明らかに渡辺直美トークンとして、つまり多様性を示すための唯一の登場人物としてこのCMに登場しており、つまり渡辺直美ひとりを除けば、その多様性は崩壊することになるのだ。

多様性って、多様ってこと、つまりはやっぱりそのひとりを除外したらあとは従来どおりの女性表象というのでは、多様性とは言えないのではないか。それでもこれが多様性というのなら、わたしの考える多様性とはずいぶんかけ離れたものだ。

 

2) エンパワメントとはなにか

それで、このエステサロンは、 国連国連ニューヨーク本部で開催された「対話と発展のための世界文化多様性デー」の一環であるイベントに「女性のエンパワメントと多様性」を掲げて参加しているんですね。

国連の友Asia‐Pacficと東京ガールズコレクションが提携し実現した『TGCファッションセレモニー at 国連DDR』に「すべての女性をもっとキレイに」を目指すKIREIMOも参加!|株式会社ヴィエリスのプレスリリース

そうなると、なんだろう、これはもはや「オフィシャルの」(指クィッてやるやつでイメージしてね)エンパワメントなのだろうか?という疑問も生じてくる。

 そしてまたぞろ、このエンパワメントを目的としたステージパフォーマンスの写真を見てみたいと思う。

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どうだろう。多様性とエンパワメントを体現したステージで、渡辺直美以外の女性の画一性がひとめでわかるのではないだろうか。つまりここで提示された多様性とは「渡辺直美」ひとりであり、それ以外は「従前どおりのモデルのような痩せていて美しいとされる身体」なのである。あれ、多様性ってなんだったっけ。ここで(しかも国連というステージ上で)提示された、この脱毛サロンによる多様性とは、ご覧の通りなのである。

また同じ場でスピーチを行った同社のCEOはこのように述べている。

すべての女性が自分らしく、 いつも100%の自分でいられること。 それが私たちの考えるキレイです。 」「女性たちが自分らしく、 ポジティブに生きることができれば、 世界もきっと、 より良い方向に進んでいく。 そう信じて、 KIREIMOはこれからも進化を続けます!

ステージ上やCM上で提示される一見ポジティブなメッセージに包まれた限りなく狭い多様性という表象が、「女性の自分らしさ」や「100%の自分」という言葉と合わさって、この「エンパワメントのような何か」が形成されているのだ。この居心地の悪さはいったいなんだろう。これがほんとうにエンパワメントなんだろうか。悲しいことに、わたしにはこの企業の提示する「100%ガールズ」という表象には、旧来然とした「美しさ」「キレイ」という定義しか読み取ることができない。

 

いまや、世界はいわばポスト・フェミニズムであり、時代の流行はエンパワメントである。日本はまだまだだけど、欧米ではその流れは進んでいて、エンパワメントこそ、フェミニズムこそが「売れる」と考えられている時代である。

少し前に欧米ではセレブがこぞって自らがフェミニストであると表明し、そしてそれに対して「商業的フェミニズム」「セレブ・フェミニズム」という批判が起こった。アンディ・ゼイスラーなんかが、特にフェミニズムの商業化を批判してたんだけど。

Celebrity Feminism: More Than a Gateway | Signs: Journal of Women in Culture and Society

おそらくいま日本で起こっている「エンパワメント」という流れも、このフェミニズムの商業的という文脈で批判されるべきなのであろう。「エンパワメントのような何か」を「エンパワメント」として提示し、女性の購買意欲をかき立てること、そういう戦略的なフェミニズムがこれからたくさん出てくるだろう。

でもわたしたちは、その度に、そこに提示されるメッセージを、その表象を、きちんと考えなくてはいけないと思う。わたしたちは考えることをやめてはならない。

 

(補足) まあたしかになんていうのかな、資本主義的な消費活動と、フェミニズムっていうのは相反することだと思う。けれども、女性の購買というものを目的としたときに企業が打ち出すフェミニズストとしての姿勢、多様性という表象やメッセージは、必ずしも頭ごなしに否定されていいものなのかとも思う。

この資本主義社会の中で、消費活動として何かを買うとき、そりゃもちろんわたしたちに向けて脅して買わされるより、ポジティブなメッセージのもとで気持ちよく消費活動をしたいと思うのももっともなわけで....難しいよね。わたしは少なくともポジティブなメッセージを与えられて、良い気持ちで物を買いたいと思う。だからこそ、「フェミニズムの仮面を被ったなにか」、つまりその仮面の下にある旧来然とした価値観には、注意深くなりたいと思うのである。