#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

韓国ドラマ「トッケビ」雑感

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「新感染」もとい「釜山行き」を見てからこっち、コン・ユにハマっている。「釜山行き」を見たとき、さしてコン・ユに興味はなかったのだけどなんとなくウィキペディアで検索したらあだ名が「キス王子」と書いてあったんである。「キス王子」って!!!!!!ヒィーーーーーー!!!!となってまあ一気にきになる存在になってしまったわけなんですけどね。変な理由だよね。

 

もともとストーカー気質のファンガールなので、気になった人の作品は全部見るじゃないですか。わたしも見ました「あなたの初恋探します」(謎の一人二役に超混乱したけど、コン・ユさん超可愛かった)、「サスペクト」(アクションもできるコン・ユさんかっこいいかよ...)、「トガニ」(コン・ユさんが、とかじゃなくて映画として名作。必見です。)、「ビッグ」(コン・ユさんのキュートネス炸裂してて死に散らかした)、「密偵」(これもすごく良い映画だった、コン・ユさんに写真撮られたいかよ...)というかんじでですね、短期間にいっぱい見たし、コン・ユさんが出てる映画にはなんというか全部ちょっとずつつながりがあることもわかった。トガニではコン・ユさんが鹿を轢くところから始まるけど、新幹線も鹿が轢かれるところから始まったりとか、新感染も電車が舞台で密偵も電車でのシーンが大きい意味を持ってたり。陰謀論好きのファンガールなので「もしかしてコン・ユを起用する製作陣もしくは監督はそういう意図を持ってやってんのかな」ってニヤついております。(ダンテ・ラム作品におけるニック・チョンてじつはそれぞれの映画で演じるキャラクターが他作品の別バースみたいなかんじで、それぞれキャラクターが繋がってるじゃない?そういうかんじ??)

  

それで、今回リリースと同時におっかけて見てるドラマがありましてね、「トッケビ」っていうんですけど、日本リリース前にタンブラーで画像を探し漁ったらもう沼の予感しかしなくてですね、ヒィヒィ言いながら待ってたんですよ。レンタルリリース当日とか、もうソワソワしちゃって、仕事が手につかないんですよ。時計見ながら会社出るまであと何時間、とかカウントダウンしちゃって。恋かよ!!!!!!!!!

 

で、この「トッケビ」をここのところビンジウォッチしているのだけど、どうも気になるところがあるんですよ。またいつもお決まりのアレ、好きなのに重箱の隅をつつかずにはいられない、わたしの悲しい性なんですけれどもね。今日はそれについて書きますね。

 

(まずトッケビを雑にあらすじ紹介しますね)

登場人物は、コン・ユ=長生き妖精おじさん(900歳)、イ・ドンウク=記憶を失った死神(絶賛恋煩い中)がでてきます。妖精おじさんは、前世で武将だったから人いっぱい殺した罰として死ねない運命を背負ってて、死神は逆に前世で何か業が深いことをしてしまったから前世での記憶を失って、死神をやってるんですね。そして、妖精おじさんを殺してあげられる運命を背負った女の子(高校生)がウンタクです。そんで、妖精おじさんと死神が同居して、そこにウンタクも転がり込んで....という話。

 

韓国の民話に登場する悪戯好きなトッケビというキャラクターと、西洋のものとは違う死神などを登場させたこの作品は、ものすごくうまく韓国のアミニズムを現代のエンターテイメントにアップデートさせていると思うんですね。それはすごくうまいと思う。あとメタな視線でセルフパロディとかやってるんですよ、そういうのほんとすごくよくできてた!おもしろかったんだよね!けれども...というところで書きますね。(言っておくけどわたしトッケビ好きだったよ!おもしろかった!でもここで胸のつかえをおろさせてください....No Offenceです!)

 

1) ウンタクのキャラクター設定

言ってしまえば「トッケビ」というのは韓国版シンデレラとも言えると思うんですが、ウンタクの人生はまさにシンデレラの物語と重なります。母が死に、引き取られた先(意地悪な叔母と兄妹がいる)でイジメられます。幽霊が見えるからと学校でもイジメられ、どこにも居場所がない。けれども、彼女は「トッケビの花嫁」という運命を背負っていて、そのトッケビ(コン・ユ)がシンデレラでいうところの白馬の王子様になるわけです。ウンタクは高校生という純真な年齢からか、自ら「トッケビの花嫁」という役割に自らの居場所を見つけようとするんですね。彼女がトッケビと死神の家においてもらえるのも、彼女が花嫁だから。でも高校生で「花嫁」というところに自らの役割と意義を見出してしまうドラマって、ちょっと旧時代的ですよね。いま叫ばれているのは旧時代的なディズニープリンセスというステレオタイプから脱却した新しいヒロイン像であるはずなのに。もちろんそういう物語があっちゃダメってことではなくて、花嫁に役割を見出す話があってもいいとわたしは思う。でもやっぱりヒロインといえば、王子様を待つ受け身の物語が多い中で、そのステレオタイプの再生産ばかりがなされてしまうことには、注意を促していきたいとわたしは思うのね。そんでさ、その「花嫁」という役割ってじつはものすごい危ういところに立ってるわけじゃないですか。実際ウンタクだって、花嫁じゃないってなったら家を追い出されるかもって心配してる。だからなんだ、あれだな、わたしもある程度年齢いってるから、高校生の女の子が「わたしがトッケビの花嫁だったら、居場所ができる」って考えてるのが辛くなっちゃうんですよ。あなたの人生、花嫁以外にいっぱい幸せになれる選択肢はあるんだから、ってね、自分の足で立てるようになったら好きなことできるんだよ、って。もうなんだ手紙でも書くかって気持ちになっちゃうんですよね。せっかく民話を現代にアップデートしたのだから、そういうヒロイン像をアップデートしようという気概が見てみたかった...などと思うのです。

 

2) ヒロインと相手の年齢差

そんでそのシンデレラ物語の王子様にあたるトッケビなんですけど、不死の罰にあっているので実年齢900歳、見た目はコン・ユなので35歳といった塩梅です。で、その花嫁が高校生(3年生、物語後半からは大学生になります)なんですよね。正直なところ、35歳(900歳)のおじさんと、高校生が「わたしがあなたの花嫁!」「きみがわたしの初恋だった」とかやってるのね、これ現実にあったらすごいダメなやつじゃないですか....かといってわたしは表現狩りをしたいわけではなくって、なんていうか、実際にひとまわり以上年の離れた男性と少女には明らかな権力勾配が存在していて、その関係は搾取/非搾取の関係に陥るし、現実問題として未成年が搾取されるじゃないですか...それをね、なんの批判的目線もなく「花嫁なの!」とかやってしまうの、やっぱり旧時代的すぎると思うんです。 ここ、ドラマ見ていてもかろうじて許容できるようになっているのは、ひとえにコン・ユの演技(というか配慮)の賜物であると思う。抱きしめたり、キスをしたりっていう(まあでもアウトだと思うけどね、だって高校生と35歳だよ...そのフィクションどうやって楽しめばいいのよ...楽しむってつまり消費することじゃん....)フィジカルな接触に対して、ものすごく性的にならないように配慮してるのが見てて伝わってくる。彼はものすごく考えた上で、演じていたのだろうなと、役者としての素晴らしさは感じました。けどもねー、ポリコレって言いたくないんだけど、やっぱり現代に作られたドラマなら、無邪気に高校生とおじさんをくっつけてしまってはちょっと甘いんじゃないかなって思う。

 

で、ここでさ、「ビッグ」はどうなのとも思ってしまうわけじゃん。中身は高校生のコン・ユが、学校の先生と好いたの腫れたのってやるわけじゃん。正直「ビッグ」だってめっちゃ面白かったんだよ、毎日それだけ楽しみに日々暮らしてたよわたしは....でもさ、ダメだよね...性別関係なく、未成年と成人がカップルになるっていうのは、それには問題があると認識しなければいけないよね。(いまわたしは血の涙を流しています)

 

なんか煮え切らないポストになっちゃったけど、思考の断片として投稿しておきます。こういうのなんも考えずに楽しめたらよかった、そうなってしまう自分がすこし悲しい。