#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

「ジュブナイル映画」における女性表象

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わたしはスティーブン・キングが結構好きで、友達がいなかった小学生の頃には図書館に通いつめてひたすらスティーブン・キングを読んでいた。スティーブン・キングが別名で書いた『レギュレイターズ』なんかはすごく怖くて夜眠れなくなったほどだった。

もちろんキングの作品が映画化されると聞けば、毎度「がっかりするのかもしれない」と思いながら劇場に足を運んだし、中学生の頃には「IT」をはじめ「シャイニング」(これはキューブリック版もみたし、スティーブン・キングが本当に作りたかった版も見た)とかまあいろいろ見たのである。そして毎度がっかりしていたのだけれど。

この度、スティーブン・キングの「IT」が再度映画化されるときき、(またかもしれない...)と思いつつも、まあ懲りずにまっすぐな目をして劇場に行ったのだった。

最近Netflixでも話題の「ストレンジャーシングス」といい、この「IT」といい、「(元)ぼんくら小学生が憧れる僕らのグループに入ってくれるたった1人の女の子」という描写(ストレンジャーシングスでいえばイレヴン、「IT」でいえばビバリー)がわたしにとっては、正直困惑するところではある。当時(もしくはその作品がオマージュを捧げている時代)はそれでよくても、時は現代、ポストフェミニズム(なんだそれって思うけど)とも言われる頃である。そろそろ(元)ぼんくらさんたちも「僕らの憧れのヒロイン」思想から脱却してもいいんじゃないのかな、と思わなくもない。ときとして、その「僕らのヒロイン」の裏側には必ずミソジニーも潜んでいるものだから。

たとえば映画版「IT」(2017)では、女の子の登場人物は大きく2人しか出てこない。ひとりは僕らのヒロイン、ビバリーで、もうひとりはビバリーをいじめ、エディーのギプスに"LOSER"(負け犬)と書くいじめっ子の女の子だ。言ってしまえば、この映画には血の通った女の子は登場人物せず、それは「理想の女の子」か、(元)ぼんくらのミソジニーを反映した「意地悪な女の子」だけだ。ときは2017年....とため息をつきたくなる。(ここで言っておくと、わたしは「IT」(2017)をそういうものとしてすごく楽しく見たし、ペニーワイズもすっごくキュートでよかったと思っている。)

一方、ストレンジャーシングスでも、S1ではイレヴン、S2ではマックスがチームぼんくらに加入するけれども、どちらも「僕らのヒロイン」としてしか機能することはない。それに、S2でイレヴンが皆の前に再び姿を現したとき、イレヴンはマックスとは目も合わせず、会話もせず、無視をするのである。なんだろう、この手のストーリーでは「女の子同士が仲良くすると災いが起きる」というジンクスでもあるのだろうか?もちろんこれは、マックスがマイクと仲良さそうにしているのを見たイレヴンの嫉妬という理由付けがされているのだろう。でもまあこちらは「それにしてもさーーー!!」といった気持ちである。結局マックスはケイレブと仲良くなるんだしさ。(ドラマ自体はめっちゃ面白く見たんだけど、重箱の隅をつつく小姑体質なのですみませんね...)

そして「IT」のほうはといえば、やはりルーザーズクラブの中にいる女の子はビバリーひとりだけである。しかも、またビバリーの立ち位置というのは「少年たちの性的な眼差しの客体として」である。その点、例えば「スパイダーマン ホームカミング」ではヒロインのMJがヒロインとして(わかりやすい)性的な魅力を振りまくこともなく、一般的にいえばややダサいメガネとボサボサ頭なキャラクターだったことは、すごくよかったと思う。

そして、「IT」において、わたしが引っかかったのはその紅一点のプリンセスが、ペニーワイズに捉えられ、少年たちが救出に向かうという「囚われの姫」構造が繰り返されていたこと、また宙に浮かんだビバリーがキスによって目覚めるところなど、もしかしたらディズニープリンセスもののパロディなのかもしれないけれども、ちょっと直球すぎてびっくりするほどだった。

で、まあこういうジャンル物としての構造上の問題点はいまも継承されたままであって、これは今後こういうジャンル物において、もっと考えていく必要はあるんじゃないかなと思うのである。ティーンになる前の女に子たちの冒険譚だってあってよくない???もうすでにあったらごめんなさいですけど、あんま見なくない????せめて男女混合(非紅一点もの)があってもよくない???(て前にもマグにフィセントセブンでも同じようなこと言ったから、誤解されそうだけど、別に男女同数だったらいいとか、女の子だけだったらいいとかそういう話ではないので、わかってくださいね)


話は脱線して、それでも「IT」(2017)は毒親(エディの母: 息子が自分から離れるのを恐れるあまり息子の病気をでっちあげる/ビバリーの父: 娘に性的虐待をしていそうな完全にヤバい父)をうまく描いていたと思うし、ド田舎のものすごい閉塞感とそこから発生する暴力(のメタファーがピエロのペニーワイズでもあるんじゃないかな)を原作で描かれていたようにうまく表してたと思う。(しかしいまだこのピエロの口もヴァギナ・デンタータのモチーフだったしさ、そろそろモンスターの造形が歯の生えたヴァギナを模してるみたいなのも見飽きないですか....そんなにヴァギナが怖いかよ...?)

それであれです、わたしが一番言いたかったの、あのビバリーの洗面所のシーンなんだけど、ルーザーズクラブの面々の中で実際「血」に関するものを見せられるのはビバリーだけなんだよね。あれって、薬局のシーンで生理用品を買ってたことからも、あの血塗れのバスルームは、ビバリーの大人になりつつある自分への成長への恐怖みたいなものを表してるんだと思う。つまり生理のメタファーというか。それをルーザーズクラブのみんなが手伝って掃除してたのは、なかなか象徴的でよかったかな、と思いました。

いろいろ言ったけど、キング原作ものの映画としては珍しくよくできてたし、続編に期待しております!