#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

「それはわたしの仕事ではありません」問題

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わたしは新卒としていまの会社に入社した。いまでは7年目、もうすぐ8年目になる。会社に入っていちばんはじめに学んだことといえば、接待の席でのお酌の仕方だ。社会人になって、食事の席ではニコニコ座っているだけではダメなことを知った。


会食なんていうものは社会人になってからがはじめての経験だった。社内の上層部との会食、お客さんとの会食、いろんな会食が少なくとも週1回、多い時は週3回ほどあって、もちろんわたしに断るという選択肢などなくて、友人と約束がある日も、約束を断って会食に参加していた。他の人のように、断ればよかったのだが、わたしの部署は上司とわたしの2人だけで、誰も「会食を断っても、クビにはならないよ」とは教えてくれなかった。


はじめての会食の席で、上司は大声でわたしを呼びつけ、わたしにお酌の仕方、水割りの作り方を指導した。他にもわたしの同期がいたのに、わたしだけ、なぜか怒られるようにして水割りの作り方を教えられたのだった。(いま思えばこれはしょーもない上司の「俺はちゃんと上司やってますよ!」アピールだったのであろう。) 

 

それから、会食の席で、わたしは必死だった。隅から隅まで、テーブルのグラスの残量に目を光らせ、少なくなったらサッとお酌をしにいく。水割りを作りにいく。疑いはなかった。なぜなら上司の命令だったし、こういうのをするのが社会人なんだと思っていたからだ。誰かのグラスが空いていても、わたしが気づかないと上司から「ホラ!!先輩のグラスあいてる!!」と声が飛んだ。その先輩の横にいるわたしの同期ではなく、わたしが怒られた。


同期の中で、社長のお気に入りと噂の女の子がいた。ある日その子に「わたしは、お酌するために大学を出たんじゃないから」と言われた。殴られたような気がした。わたしには絶対言えない言葉だった。女だから、とか、そういう理由でお酌を押し付けられることはおかしいと、わたしはよくわかっている。わたしだって、こんな風にお酌係なんかやりたくない。でもわたしには「それはわたしの職務ではない」と、言うだけの度胸がない。そういったことで嫌われるのではないか、その「嫌われること」をわたしはどうしても良しとはできなかった。多分いまでもできないだろう。


ある時、フィリピンからお客さんが来て、会食にいったときのこと。いつも通りわたしがコートを預かったり、お酒をつごうとすると、そのフィリピンのお客さんは「これは君の仕事じゃないから」と言って、コートをわたしに渡さずに、自分でハンガーにかけていたし、お酌もさせなかった。社会人になってはじめて、誰かから「コートをかけたり、お酌をしたりするのは君の仕事ではないよ」と、言ってもらえたのがこのときだった。


(その横で、お客さんが自分でハンガーにかけているのに、コートをわたしに手渡してきたのがわたしの上司である。この時ばかりは「皆さんご自分でおやりですよ?」とコートを受け取らなかったけど。)


そのあと、何回も日本人と会食に行っているけれども、わたしにコートを渡さなかったり、お酌をさせなかった人はいない。みんながみんな、そうでないのはじゅうぶんわかっている。けれども、それからも、会食の席でコートを受け取り、お酒を注ぐたびに、「これは君の仕事ではないよ」といってくれた彼らのことを思いだし、この社会は、わたしにコートを受け取らせ、お酌をさせる、時々そんな気持ちになるのだ。


いまだにお酌をしません、わたしの仕事ではありません、とわたしはいえない。そんな勇気が、わたしにはない。わたしに唯一できるのは、コートを受け取り、お酒を注がなければいけないような場に行かないことだけである。