#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

Roxane Gay "Difficult Women"

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ロクサーヌ・ゲイの新作短編集は、"Difficult Women"というタイトルである。えっ、「めんどくさい女」というタイトルなの...?わたしは少しびっくりした。一般的に"Difficult Women"といえば、思い浮かぶのは気難しい、扱いづらいと言われる女たちである。社会的に「女はこうであるべき」という言動に反する女はすべて"Difficult Women"と呼ばれる。女たるもの、人当たりがよく、優しくて、チャーミングでなくてはならないらしい。さもないと「めんどくさい女」のレッテルが貼られるのである。


たとえば"Difficult Women"で検索するとヒットするAsk Menというサイトの「なぜ男はめんどくさい女とデートするのか?」 " Difficult Women - AskMen" という(とてもセクシストな匂いがプンプンしてくる)記事のなかに、Difficult Womenの定義として「しばしば浅はかで、ビッチで、自己中心的で、不誠実であり、そしてもちろん、クレイジーな女」としている。(リサーチのために記事を読んだが非常に頭にくる記事であった)


それではなぜ、今回に短編集のタイトルを"Difficult Women"にしたのか。ロクサーヌはGoodreadsのインタビュー "Interview with Roxane Gay (Author of Bad Feminist) December, 2016" でこう言っている。
「わたしたちの文化が好ましいと定義する以外の行動をとる女性たちは、たいていめんどくさい女だと思われます。自分のために何かを欲しがったり、奔放な肉体を持っていたり、複数の恋人がいたり、びっくりするほど間違った選択をしてしまったりするとき、突然わたしたちはめんどくさい女になる。わたしはそういうアイディアで遊んでみたかったんです。」

 

この「めんどくさい女」という概念は、ここ日本にもあるだろう。わたしたちは他人から「めんどくさい女」「女としてダメ」とかそういう評価を受けることを極端に気にしてしまったりもする。「めんどくさい」とか「ダメな」なんていう漠然としたレッテルは、なんの意味も成さないはずなのに、そういうレッテルを貼られることを恐れてしまう自分がいる。「めんどくさい女神話」についてのBustleの記事 "Why The Myth Of The "Difficult Woman" Is Total BS" には、「めんどくさい女という概念は西洋だけでなく、日本やサウジアラビアラテンアメリカにも存在すると書いてある。世界中どこにでも、この「めんどくさい女」というレッテルは存在するみたいだ。


そういう意味で、たしかにロクサーヌ・ゲイの"Difficult Women"という短編集はアメリカの女性たちが主人公だけれども、世界の女性たちに通じる「めんどくさい女」というレッテルを脱構築するものだと思う。「めんどくさい女」というのは存在しない。そこには他者によって「めんどくさい」状況に立たされてしまった女性たちが存在するだけなのだと、この短編集を読んで思う。


この短編集には、わたしたちと同じように欠陥があり、間違った選択をし、愛を取り違え、男に傷つけられる女たちが出てくる。しかし、ロクサーヌは彼女たちに批判的な眼差しを向けることはないし、必要以上に悲観的になることもない。"Difficult Women"に出てくる女性たちはとても生々しく、読者であるわたしたちひとりひとりに、よく似ている。そして読了後にはこう思う「むしろ、わたしは "Difficult Women" でありたい」と。