#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

#25 誕生の物語としての マッドマックス 怒りのデスロード

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マッドマックス 怒りのデスロードは、監督もインタビューで言及している通り、「登場人物たちが人間性を取り戻すための物語」である。ここでは、この映画の主題のひとつでもある、「誕生」「再生」のメタファーについて考察していく。

この「誕生」と「生まれ変わり」の物語において、狭く細長い道、谷のシーンこそが産道の象徴となっているのではないだろうか。

往路では、砦から脱出した、ウォーリグに乗るものたちが人間性を取り戻すためにその支配から「出て行く」ための産道となっている。

たとえば、この谷のシーンをきっかけに劇的に変化するものがマックスとフュリオサの関係である。谷の前までは疑心暗鬼だった2人の関係も、谷での対ロックライダー戦では、お互いが援護しあい、協力して戦うように変化するのである。産道である谷を通ることによって、ウォーリグに乗る者たちの「人間性を取り戻す」ための1つの共同体が、誕生するのである。

そして、もともとはジョーの兵であり、イモータン・ジョーへの忠誠を誓ったウォーボーイのニュークスが、妻達を取り返すためにウォーリグへと乗り込むのも谷のシーンであるが、ニュークスがつけていた「鎖」が彼を栄光の館、ヴァルハラに向かうことではなく、「生まれ変わりのための共同体」へとつなぎとめるのである。

一方、同じく谷のシーンで、ジョーの車から放たれた鎖によって、ウォーリグのハンドルが奪われる。そのときにその「鎖」を切断するのはスプレンディッドである。しかし、ジョーの子供を宿した彼女が、その種主が彼女をつなぎとめようとする鎖を切断したとき、彼女は命を落とす。

往路では、ジョーの追っ手から逃れるために谷へ入る入り口の岩の門が閉ざされる。この岩の門は、産道への入り口であり、出口でもある。イモータン・ジョーの象徴する非人間的支配(もしくは家父長制)からの逃亡のために、その門が閉ざされるとき、ジョーとその象徴するものの進入は拒まれる。だから、あの谷の産道でスプレンディッドは死んでしまう。なぜなら、彼女はジョーの子供を、目に見える形で体内に宿しているからだ。

また、産道の出入口である岩の門はそのまま子宮口とも捉えることができる。子宮口が閉じてしまったなら、スプレンディッドの子供は生まれることが叶わないのである。

しかし、ジョーの子供を宿している者がもう1名いる。それはダグだが、彼女は死なない。なぜかというと、彼女には「種を宿す者」という使命があるからだ。だから最後に、ダグが鉄馬の女の"Keeper of the Seeds"(種を保つ者)から種を受け継ぎ、故郷に持ち帰るのだ。そして、彼女が持ち帰るのはその植物や果物の種だけではない。体内にイモータンジョーの種として、宿った子供を持ち帰るのである。

砦へ戻る、帰路での谷は「人間性を取り戻した者達が再生するため」の産道となる。だから、イモータン・ジョーは谷で死ななければならない。非人間的支配や家父長制の象徴である彼は、「新しい世界」へ生まれることは許されないのである。

ジョーは新しい世界に生まれることはできないが、彼の種を宿したダグは「種を持つ者」としてジョーの種を宿して故郷へ帰る。これは、ジョーのすべてがその死によって否定されるわけではなく、タグの子供として、「再生への希望」として、生まれるのだ。ジョーの子供は、新しい世界で、父親のようにはならないかもしれない。

つまり、ジョー自身は谷で死んだが、彼にも「再生」のチャンスが与えられていると捉えることができるだろう。彼の種は、新しい世界へ、再生のための世界へと運ばれたのだ。

こうして「マッドマックス 怒りのデスロード」は、あの世界の者たちを生まれ変わらせ、またマッドマックスシリーズとしても復活したのである。