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#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

#24 ホテル・ワールド - アリ・スミス

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アリ・スミス 「ホテルワールド」
古本屋さんで買ったこの本には、おそらくお友達に宛てた「お忙しいところ申し訳ないですが、どうぞ読んでやってくださいね」と書かれたメモが挟まっていた。
このメモとともに、この本を贈られたそのひとは、果たしてこの本を読んだのだろうか?この手紙の時制は、なんだろう?わたしの手元に来てしまい、なんだか所在なげで宙ぶらりんな、この手紙の時制は?
アリ・スミスの著作は今年のBailey’s Prizeを受賞した"How to be...
アリ・スミス 「ホテルワールド」

古本屋さんで買ったこの本には、おそらくお友達に宛てた「お忙しいところ申し訳ないですが、どうぞ読んでやってくださいね」と書かれたメモが挟まっていた。

このメモとともに、この本を贈られたそのひとは、果たしてこの本を読んだのだろうか?この手紙の時制は、なんだろう?わたしの手元に来てしまい、なんだか所在なげで宙ぶらりんな、この手紙の時制は?

アリ・スミスの著作は今年のBailey’s Prizeを受賞した"How to be both"を読んでいたのだけど、すこし難しくて途中で休憩して、唯一邦訳がでている「ホテル・ワールド」を読んでみた。

アリ・スミスの著作表すのにもっとも使われる言葉は「実験的」だと思う。実験的というよりも、その言葉が持ちうる可能性をすごくひろげているというかんじ。英語だからこそ使える「母音抜き」や「韻を踏む」といった手法が、たくさん使われている。(これを翻訳された方はすごく大変だったとおもう)

「変愛小説集」にも掲載されていた短編「 5月」も、木に恋するというストーリーだけでなく、登場人物の性別が明確にされずに書かれていたのが印象的だった。(これも翻訳がほんとうにすごくて、日本語で読んでも性別は曖昧になるように訳されている)

“How to be both"を読んでいるときに薄々気づいた(けれど確信が持てなかった)のだけど、アリ・スミスは小説内での「時制」にもとても意識的だ。

たとえば、"How to be both"では母が亡くなった後という現在から、その母と一緒に行ったイタリア旅行、娘が受けるセラピーまですべて現在形で語られる。
冒頭部分はこんなかんじ。
「この道徳的難問について、ちょっとかんがえてみて。
ジョージの母は、助手席に座っているジョージに言う。
言う、ではない。言った、だ。
ジョージの母はもう亡くなっている。」
と言うふうに、すごく時制を強調するのだ。(このあともこの過去形への訂正はたびたび出てくる)

「ホテルワールド」ではもっと時制への言及は直接的で、各章のタイトルがそのまま時制になっているのだ。各章は「過去(past)」「現在形で語る過去(present historic)」「条件法で語る未来(future conditional)」「完了(perfect)」「過去形で語る未来(future in the past)」「現在(present)」となっている。

(ということを念頭に"How to be both"に再チャレンジしたい。)

少女の転落死からはじまる、いっけん不穏な物語なのだけど、話がすすむにつれて、時の流れとホテルでつながった物語は、わたしたちの日常につながっていく。

とくに「過去形で語る未来」の章は、文章の区切りがなくて、すべてがつながっているのだけど、その技法がむしろ思考の海に潜り込んでいって息ができなくなるほどの感覚、そして語り手の思いが押し寄せてきて、大泣きしてしまった。

もうすこしがんばって、他の著作も読んでみようと思う作家がまた増えた。邦訳も難しそうだけど、もっと出版されればいいのにと思う。