#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

#22 紙の動物園 - ケン・リュウ

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ケン・リュウの短編集「紙の動物園」には、物語を紡ぐこと、語り手となることへのケン・リュウの意志を強く感じた。その意志は、特にこの短編集の最後の一編「良い狩りを」によく現れていると思う。

化ける狐、キョンシーや、風水などのアミニズム的な信仰が、近代化・機械化・西洋化によってだんだんと忘れられていった社会が描かれるこの短編では、それまで語り継がれてきた物語が人の心をこれ以上とらえられなくなった悲しさ、そして生き延びる為に、その「古い物語」(本文中では「古い魔法」と言われている)を現代的にアップデートして、世の中をもう一度虜にしようとする著者自身の姿と重なるように思える。

つまり、この物語において艶こそが昔から語られてきたわたしたちのいにしえの物語の象徴であり、古い魔法に親しんで育ち、一度は近代化した社会の歯車となって働くものの、その技術を使って艶をもう一度狩りができるような姿に戻してやる梁こそが著者ケン・リュウの姿なのだ。そして、古い物語を現代的なカッコイイ物語へとアップデートし、そして再び新しい読者の心を狩りにいこう、という物語なのである。

古い魔法がどんどん消えていってしまう世界は、わたしには「果てしない物語」の消えゆくファンタージェンを思い起こさせたし、まさにこれは「物語」「フィクション」についての話であったと思う。

「紙の動物園」に収録されている各短編に共通して感じられるのは、わたしたちの生まれるずっと前から語り継がれてきたいにしえの物語への思いでなはいか。どんなに設定が未来を指し示していても、そこには語り継がれてきた古い物語という、誰もが知らずのうちに親しんできた基礎があって、それがこんなにもわたしを夢中にさせるのだろう。ケン・リュウはいま「紙の動物園」を読んでいる現代の私たちと、いにしえの物語をつなぐような物語を紡いでいるのだと思う。どんなに時代や世界が新しくなっていっても、物語は普遍的で、本質的なものなのだ。

それに、大きなもの(どんどん新しくなっていく世界、自分の属する文化と異なる、より強大な文化との遭遇、文化の違いによる断絶、死や生、つまりわたしたちの力ではどうしようもない事たち)と対峙したときの、わたしたちの非力さ、またその存在のどうしようもない哀しさを見つめるケン・リュウの優しい眼差しが、わたしの心をぎゅうぎゅうとしめつける。

表題作「紙の動物園」なんて読みながら、電車で思わず大泣きしてしまった。説明なんていらないから、ぜひ読んでほしい。

随所に、ドキッとするような表現があって、こんな詩的な言い回しをされたら、参ってしまう。たとえば「おとなしい子猫がぼくの心の内側を舐めているみたいな感じがするよ」(「もののあはれ」)なんて、こんなのずるい。こんなうまいこと言うなんて、すてきすぎる。

なんだか、わたしがここに書けば書くほどどんどん無粋になっていくような気がするのでここらへんでやめます。ほんとうにすばらしい本だった。

ケン・リュウの長編第一作"The Grace of Kings"が先日発売になっているのを知って、早速注文したので早く読みたくてうずうずしている。