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#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

#13 菜食主義者 - ハン・ガン

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すごいものを読んでしまった。

韓国の映画には、わたしの心のどこかにずっと存在している、奥底にある気持ちを震わせるものがある。韓国映画を見るたびに、ああこの感覚、この感情、と思うのだがわたしはそれを的確に表す言葉を持っていない。

ハン・ガンの「菜食主義者」もまた、わたしが表現できない奥底にある感情をつかんで、表層まで引きずりだそうとするような小説だった。

タイトルになっているヨンへを主人公とした一編目(これがものすごいインパクトなのだけれど)は、まるで味気のない日々の生活をそつなく過ごしていくために押し殺していたものが、心の奥底でたまったマグマのように湧き出したとき、そこに見えたのは自らの血に流れる獣のような暴力性と、狂気だったという話。じぶんの心の割れ目から中をのぞいたら、そこはドロドロとした真っ赤な肉があったのだ。そしてこの狂気が、ひじょうに怖い。わたしたちだってぽっかり空いた傷口をのぞきこめば、たぶん同じようにおぞましいものが見えるに違いないから。そしてその傷口にのみこまれてしまうから。

ヨンへの菜食主義にはじまり、病院に閉じ込められてからの頑ななまでの食への抵抗、「食べる」という行為はとても象徴的で、いろいろなことにつながっていく。生きることや、性的な暗喩にもなるだろう。

この「菜食主義者」の各ストーリーに共通するのは抑圧されていたものの噴出という点だろう。一編目で、抑圧されたものの先に見えたのが生々しい獣のような肉だったが、ニ編目でヨンへの義兄の抑圧されていた性的な欲求と中年の危機にあるのは植物の青臭い汁と、ヨンへの体の描かれた花であるところがとても対照的だ。そしてこの肉や血、植物のその色彩が濃すぎて黒っぽく感じさえする色合いが、どこか冷えた灰色を感じさせる孤独な登場人物たちの生活に、そしてわたしの脳裏にも消えないどす色の染みを残していく。

夫は失踪し、物を食べることにも話をすることにも口を閉ざしきったヨンへを見守り、夫と妹への共感を探るヨンへの姉、インへも、また、みずからの中にぽっかりと黒い傷口が開いていることを知っている。じぶんを飲み込もうとするその傷口からのがれようとする彼女は、抑圧された灰色の生活を生きるわたしたちに重なり、わたしたちを、ヨンへを、つなぎとめるのかもしれない。その静かだけれど強い、誠実さだけが救いだった。

ほんとうにすごいものを読んでしまったという気持ちです…(ぼうぜん)