#わたしだけのブッククラブ

written by Nao (twitter: smkebks)

#11 60年代の過ぎた朝 ージョーン・ディディオン

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なぜだかわたしは時代を流れで認識するのが苦手だ。流れを追おうとすると混乱するし、体系的に理解ができない。たぶんそういう機能をどこかに置き忘れてきたのだろう。

わたしにとって60年代は、わたしのアイドル「イーディー・セジウィック」の時代だ。彼女のショートヘア、大きなイヤリング、黒く引いたアイライン、細い体、黒いタイツ、ヨガのポーズ、カクテルグラスやタバコを片手にした写真。ウォーホルのミューズであり、ユースクエイカーと呼ばれた彼女が、いくら若くして悲しい最期を迎えていたとしても、彼女のそのスタイルと輝きはわたしの心を捉えて離さない。鮮烈な輝きを放って、儚く散っていきたいと心のどこかで願うわたしの永遠の憧れだ。(憧れ、というのはつまりわたしはそういう人生をぜったい送れないんだってことでもある。)

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ジョーン・ディディオンがまとめた狂乱の60年代についてのエッセイ集は、時代を体系的に認識できないわたしでも憧れるビッグ・ネームのオンパレードだ。ウルトラ・ヴァイオレット、ドアーズ、ジャニス・ジョップリンにジェームス・ボールドウィンロマン・ポランスキーこれだけでも足らないほど。

この名前を見るだけで60年代がどんなに華やかな時代だったかと思う一方で、チャールズ・マンソンによるシャロン・テイト事件などもあって、その時代や場所に広がる奇妙で不穏な雰囲気が感じられる。

ドアーズがジム・モリソンを待つスタジオの床から、流れる水をコントロールする水道局の制御室から、ブラック・パンサー党のメンバーのインタビュー会場から、ある邸宅の台所の練り台から、切り取られる物語は、60年代のロスという「センス・オブ・プレイス」に満ちていて、すごく心がざわざわするようで素敵だった。

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「場所というものは永久に、そこにいちばん執着し、ものに憑かれたようにそこの歴史を語り、場所そのものから何かを奪い取り、じぶんなりに痛烈に作り変え、解釈を加え、愛着を抱いてやまない」(p.174 ll.12-14)

「センス・オブ・プレイス」といえば、この本に収録されているハワイについてのエッセイもすごく良かった。

ハワイといえば、たくさんの観光客、軒を連ねる土産物店、ブランド品の免税店、人でごった返すビーチ、日本人旅行客の行列、飛び交う日本語、といったイメージがわたしのなかにはある。

しかし、ディディオンのエッセイに描かれるハワイ、ホノルルはわたしたちの思い浮かべるものとは違う。彼女が描くのは、太平洋戦争やベトナム戦争などで亡くなった軍人たちが埋葬される墓地、スコフィールド基地とそこを舞台にした「地上より永遠に」とその作者ジェームス・ジョーンズ。

そしてなにより素敵なのはロイヤル・ハワイアン・ホテルの高い天井、ビーチサイドのテラス、プライベートビーチ。プライベートビーチにはりめぐらされた宿泊客囲うロープの中では、少し話せば知り合いの知り合いがいたりするほど誰もが知り合いで、この高級ホテルがまさに社交界なのだ。

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「私はときおり、それを思い出す気がする。暑い夕まぐれ、ターコイズブルーやバタカップ・イエローのシフォンのドレスを着こなした女たちが、天井がピンク色に車寄せの下で車を待っていたりすると、パトリシア・ニクスンや彼女の娘らがこのスタイルに飛びつくのだろうと思えてしまう。朝、ビーチが熊手でならされ、夜明けの雨で空気があまくしめるころ、同じ女たちがテラスで、こんどはプリント地のシルクの服、裏地付きのカシミアのカーディガンなどをまとって、パパイヤをかじっている。彼女らは1920年歳後半、若い娘だったころから、数年起きに母親や姉妹とともにロイヤル・ホテルを訪れ、そんなふうにパパイヤをかじってきたのだ」(p.165 ll.10-19)

うっとりするような素敵な風景。これを読むと、ため息のでるような、素敵なハワイが見える。つぎにハワイにいくときは、ジョーン・ディディオンの見たハワイを、探しに行こう。